やたの視点

「会社を人に渡して、東京に来てほしい」と言われた日

「会社を人に渡して、東京に来てほしい」と言われた日のイメージイラスト

本文に5本の内部リンクを自然な語句として挿入しました(冒頭2段落・既存の代理店契約リンクは変更なし)。

業界紙で、ある商品を見つけました。読んだ瞬間、「これは業界を変える」と思いました。担当の方と立ち話をしたのは、たった15分ほどです。

そこまで早く確信できたのは、すでに自分でも会社を経営していたからだと思います。現場で何が助かり、何が負担になるかは、数字より先に想像がつきました。同じ立場に立ったことがあるかどうかで、見えるものは変わります。商品そのものが良くなければ、どれだけ丁寧に話しても響きません。

それでも、担当の方は少し戸惑っていたはずです。ふつうは、もっと時間をかけて検討するものだからです。

探していたのは、この商品ではありませんでした。たまたま業界紙をめくっていて、目に留まっただけです。偶然目にしただけの記事が、大きな転機になることもあります。だからこそ、構えずに読めたのだと思います。

とはいえ、いきなり「使わせてください」と頼みに行ったわけではありません。私が渡したのは、この商品をどう広げていけるかという構想を書いた資料でした。自分がどう使いたいかではなく、相手の商売がこの先どう伸びるかを書いた資料です。

頼み事の資料と、相手の得を考えた資料は、読む人の反応がまるで違います。前者は「検討します」で終わりますが、後者は「会って話したい」になります。

その資料を見た社長が、遠方からわざわざ会いに来てくれました。忙しい経営者ほど、その一歩を踏み出すには理由が要ります。「この人は自分の商売のことを考えてくれている」と思えたから、足を運んだのだと思います。

頼み事の資料と相手の得を考えた資料で読み手の反応が違うことを示す比較図

商品発見から資料提供、社長来訪、相談関係へと至る流れを示す図

そこから、商品について相談を受ける関係になっていきました。そういう関係は、一度の商談だけでは生まれないものです。頼んだのではなく、先に相手の未来を考えて、資料にして渡しただけです。

営業するな、啓蒙しろ、とよく言います。売り込む代わりに、相手の役に立つ情報を先に渡す。それだけで、関係の始まり方が変わることがあります。

切り出せない型かもしれません。まだ仕事をしたことのない相手に、仕事の話を切り出せない型です。まだ実績のない相手には、経歴や実績を並べて安心してもらおうとする人が多いと思います。でも、それで動く相手は多くありません。

遠慮しているわけではないと思います。頼んだ瞬間、対等じゃなくなる気がするだけです。頼らなくても、相手のためにできることはあります。


やり取りが続いたある日、社長からこう言われました。「会社を人に渡して、東京に来てジョインしてほしい」。

即座に断りました。「そんなことはできません」。すでに自分の会社を経営していましたし、当たり前の返事だったと思います。

自分で育ててきた会社です。その場の条件の良さだけで、簡単に手放せるものではありません。

それに、断ったからといって、その先の関係まで終わるわけではありません。目の前の話を断ることと、相手を大切に思うことは、別の話です。

ふつうなら、ここで話は終わります。ところが社長は引きませんでした。「じゃあ、代理店ならどうですか」。

そこから、国内でこの商品を扱う代理店契約を結びました。振り返ると、断ったことは拒絶ではなかったのだと思います。

断ったのは「関わりたくない」ではなく、「その形では無理です」という話でした。だから社長には、条件を変える余地がまだ残っていました。頼んだ側が引くのではなく——こちらが一度断ったから、次の提案が出てきたのだと思います。

ジョインの誘いを断っても関係が終わらず代理店提案に至った分岐構造の図

もし最初から「代理店にしてください」と頼んでいたら、この話は違う形になっていたかもしれません。頼まなかったから、相手が考える時間ができました。目の前の一件が決まらなくても、その先の関係が残ることがあります。

人は、深く付き合った相手を、また頼りたくなるものです。まだそこまでの付き合いがなくても、渡した資料が代わりになることがあります。

後継者が「いない」、または「未定」である企業は、全国で50.1%にのぼります。中小企業に絞ると、その割合は51.2%です。

2025年末時点で、社長の平均年齢は60.8歳。35年連続で過去最高を更新しています。交代時、引退する社長の年齢は68.5歳です。

後継者不在率・社長平均年齢・M&A成約件数の3つの統計を並べた図

事業承継・引継ぎ支援センターがまとめた令和6年度の実績があります。第三者への承継、いわゆるM&Aの成約件数は2,132件で、過去最高を更新しました。これは全国の件数ではなく、同センターを通じた成約の数字です。

さきほどの数字で言えば、二社に一社が、後継者が「いない」、または「未定」のまま経営していることになります。社長を託せる相手を探している経営者は、思っているより多いのかもしれません。後継者不在率は7年連続で改善が続いていますが、それでも半数近い会社が答えを出せずにいます。

声をかけられる側になる機会は、案外近くにあるのだと思います。後継者を託せる相手を見つけるのも、託される側になるのも、勇気のいることです。数字が示しているのは、その勇気を求められる場面が、珍しい話ではなくなっているということだと思います。

これは経営者だけの話ではありません。手に職があっても、次の仕事の相手を自分で探さなければならない人は増えています。資格や実績を積むだけでは、声はかかりません。声をかけられる側になるには、頼む前に動く必要があるのだと思います。

だからといって、「会社をください」と頼みに行く話ではありません。私がやったのは、相手の商売の先を資料にまとめて渡しただけです。頼まれてもいないのに、未来を考えてくれた人のことは、忘れられないものです

書いて渡すことは、そんなに難しくありません。相手のことをどれだけ考えたかが、そのまま伝わります。

切り出せない、と感じているなら、頼まなくていいのだと思います。近況を伝えるだけでもいい。相手の先を書いて渡すだけでもいいと思います。動くのは、頼んだ言葉ではなく、渡したものの方かもしれません。

「会社を人に渡して、東京に来てほしい」。あの一言は、今でもよく覚えています。頼まずに渡した資料が、そこまでの話を連れてきたのだと思うと、不思議な気持ちになります。今も、誰かに何かを頼みたくなったときほど、先に渡せるものがないかを考えます。

— やた

参照した情報源

  1. 全国「後継者不在率」動向調査(2025年)(株式会社帝国データバンク)・確認日 2026-09-01
  2. 全国「社長年齢」分析調査(2025年)(株式会社帝国データバンク)・確認日 2026-09-01
  3. 第三者承継(M&A)成約件数が過去最高を更新:事業承継・引継ぎ支援センター令和6年度実績(J-Net21(独立行政法人 中小企業基盤整備機構))・確認日 2026-09-01
  4. 2年連続10万人超!若者の上京が止まらない、最新データでみる東京一極集中の実態とは(日本財託(出典:総務省 住民基本台帳人口移動報告))・確認日 2026-09-01
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