やたの視点
未経験の事業を、資金繰りのために即断した
資材を扱う、流通の会社の経営を継いだとき、決算は赤字で、実質的な債務超過でした。父から引き継いだ会社です。
黒字にしようと動いても、借金はちっとも減りません。手元が楽になる感覚のないまま、資金繰りは待ってくれませんでした。
選んだのは、リフォーム・建築業への転換です。元請けとして、完全にゼロから営業する仕事でした。
その業種の経験はありません。それでも即断しました。経験のある分野が向こうからやってくるのを待つほど、資金繰りに余裕はありませんでした。
元請けの仕事は、営業だけでは終わりません。デザインも、設計も、現場管理も、原価の管理も、経営そのものも、一通り自分で引き受けることになります。それでも、最初に必要だったのは、資材とは違う商品の知識ではなく、営業の型のほうでした。
経験のない分野に手を出せないのは、度胸がないからではありません。商品の知識が先に要る、と思い込んでいるからです。
日本政策金融公庫総合研究所が実施した2024年度の調査によると、新しく開業した人のうち「勤務経験」がある割合は97.9%でした。一方で、同じ業界での「斯業経験」がある割合は83.1%です。裏を返せば、同じ業界の経験がないまま開業した人もいます。多数派ではありませんが、ゼロでもありません。

経験の有無は、飛び込む理由にはなっても、飛び込まない理由にはならない。それが私の考えです。
経験のない分野に飛び込むという点では、自分も同じ側でした。頼れる商材知識がない状態で、何を持ち運んだのか。答えは営業の型でした。
資材の会社でリフォームに転換したときも、必死に動いたこと自体は変わりません。頑張った量だけでなく、目の前の相手にどう向き合うかという型を、そのまま持ち込みました。
住宅営業をしていた頃、店長からこう教わりました。注文住宅は、まだ形になっていないものを売る仕事だと。図面と説明だけで、人生でいちばん高い買い物を決めてもらいます。実物のない商品ほど、決め手は説明の量ではなく、信頼のつくり方になります。
「この人は自分のことを分かってくれている」「この人になら任せられる」。そう思ってもらえたときに、契約になります。
この基準は、商品が変わっても崩れません。資材からリフォームに商材が変わっても、相手が見ている場所は同じでした。何を売るかより、誰が売るかを見ています。
経験があれば安心できる、というのは半分正しくて、半分は思い込みです。経験は、失敗を減らす助けにはなります。ただし、相手が最終的に決める基準は、経験の年数ではありません。目の前で、自分の状況を分かってくれているかどうかです。
型と言っても、特別な話法ではありません。何を聞き、何を先に見せ、何をあとに回すか。その順番です。
相手が何を心配していて、何にお金を払おうとしているのか。それを先に聞きます。金額や工期の話は、そのあとです。
順番の基本は三段階です。私がよく使うのは、まず相手の状況と心配ごとを聞く。次に、何を実現したいかを聞く。最後に、金額と進め方を伝える、という型です。

こうした聞き方や信頼のつくり方は、対面営業の作法・人脈術 完全ガイドにまとめています。
たとえば金額を先に聞かれても、心配ごとを先に確認してから答えるだけで、話の噛み合い方が変わります。順番を守れば、相手は「説明を聞かされている」ではなく「話を聞いてもらえている」と感じます。この順番を守ってきた範囲では、商材が資材でもリフォームでも、同じように機能してきました。
商材が変わるたびに振り出しに戻る気がするかもしれませんが、聞く順番と信頼のつくり方はそのまま使えます。商材ごとに一から勉強し直す必要はありません。覚え直すのは、商品知識という一部分だけです。
黒字でも、現金が尽きれば会社は終わります。資金ショートは、売上が好調でも起こり得るとされています。取引先からの入金が遅れれば、帳簿の上で利益が出ていても、手元の現金が不足することがあります。
2025年の全国企業倒産は、1〜11月までの累計で9,372件にのぼりました。負債1億円未満の、小さな会社の倒産が7割を超えています。人手不足を理由にした倒産も、2025年度は442件と過去最多です。そのうち、賃上げが負担になった「人件費高騰」が195件で、前年度から77.2%増えています。
休廃業する直前期の決算が黒字だった企業も、49.1%にのぼるという調査があります。黒字であることと、生き延びられることは、別の話です。

即断は無謀な賭けではありませんでした。資金繰りが待ってくれない中で、迷っている余裕がなかっただけです。
結果として、リフォーム事業は初年度で約3,000万円を売り上げ、2〜3年目には1億円を超えました。その後、会社を売却するまで、個人の営業成績が年間1億円を下回ることはありませんでした。会社自体も、最終的には黒字化して売却しました。これは筆者個人の結果であり、同じ成果を保証するものではありません。
経験のない分野に踏み出せないと感じているなら、足りないのは度胸でも知識でもないかもしれません。今の仕事が回っているうちは、次の当てを作る必要を感じにくいものです。ただ、今の商流が細くなったとき、頼りになるのは経験のある業種かどうかではありません。
今の仕事の中で身につけた型を、まだ違う商材に置き換えて考えていないだけかもしれません。住宅営業で覚えた「任せてもらう型」を、資材の会社でもそのまま使いました。商材が変わっても持ち運べたのは、商品知識ではなく、聞く順番と任せてもらうまでの型です。

型は、業種をまたいで持ち運べます。次の商談で、何を聞いてから何を話しているか。一度、その順番だけを書き出してみるといいかもしれません。聞き方の基本を一つずつ確認したい場合は、対面商談での聞き方の基本も参考にしてください。
— やた
参照した情報源
- 全国企業「休廃業・解散」動向調査(2025年)(株式会社帝国データバンク)・確認日 2026-08-29
- 企業倒産は2年連続で年間1万件超えへ=2025年を振り返って(2)(株式会社東京商工リサーチ)・確認日 2026-08-29
- 2025年度の「人手不足」倒産 過去最多の442件 人件費高騰が1.7倍増、労働集約型で深刻さを増す(株式会社東京商工リサーチ)・確認日 2026-08-29
- 24年度新規開業実態調査 女性の割合、過去最高に(日本商工会議所(調査主体:日本政策金融公庫総合研究所))・確認日 2026-08-29
- 資金ショートとは?原因や予防・対処法、資金繰りの基本を解説(Startup JAM(弁護士ドットコム))・確認日 2026-08-29